自分の体験したこと

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ホームステイ①

 ホームステイは2回ほど経験があるが、このブログでは主にニュージーランドでのホームステイについて述べます。

 平成10年の9月17,8日から同年の12月の途中までニュージーランドにホームステイに行った。当時、30歳だった。本当はアメリカが良かったが、ニュージーランドドルのほうが安いのでニュージーランドに行くことに決めた。地域はタウランガです。旅行会社を通さず自分で国際センターの図書館で調べて見つけた英会話学校だった。

 行ってびっくりで極めて小さな学校だった。私は午前と午後の両方の契約をした。午前は、フリートークの授業だった。午後は、TOEICの勉強だった。午後の授業は、私が行ったばかりの頃は専門の講師がいなく、学校経営者の身内が練習問題を持ってくるだけで、全然授業をしてくれなかった。不満でしょうがなかった。きちんと月謝を払っているのに全然教えてくれないので。当然、そのことについては学校の責任者(個人で経営している)に文句を言った。まだ、担当の講師を雇っていなかった。1,2週間経ってようやく専門の講師が授業をやるようになった。TOEFLのやたら難しい問題を持ってきたので、不平を言った。2,3日後、自分のレベルに合った課題にしてもらえた。小さな学校だったのでシステムが全然整っていなかった。

 ホームステイ先も不満で一杯だった。1つ目のホームステイ先は老夫婦で両方とも72歳だった。この家に行って2,3日も経たないうちから「水の使いすぎ」とぐずぐず文句を言われた。絶えずうるさかった。この家に行ったばかりの頃、婆さんは、「シャワーは1回まで、しかも夜の10時まで済ませるのが規則」と言ってきた。婆さんが寝るのにうるさいからそのような規則を設けた。毎日学校に行くのに10時までに済ませろだなんて、無茶なルールだと思った。シャワーを早めに済まさなければならなかったので、授業後、学校の仲間と遊ぶが暇十分なかった。私にだけは10時にシャワーを済まさせて、自分(老夫婦)が気に入った人を家に招待した人にはこのルールが適用されていなかった。実に不公平だ。

 ケチられたのは、水道だけでなかった。トイレットペーパー、電気代までぐずぐず言われた。ある日、婆さんが爺さんに私の悪口を話した。「5 rolls have gone! 」とわざと私に聞こえる声で騒いでいた。ある日の夜、爺さんがドアをノックしてきた。何やら訳の分からない書類を持っていた。その書類とは前の生徒の時の水道光熱費の請求書だった。それを見せてぐずぐず文句を言ってきた。私がこの家に来てから請求額が高くなったと言われた。私は、「学校に○ドル渡している。学校に言ってください。それに他の生徒はもっと水道を使っている。1日2回シャワーを浴びている生徒もいる」と言い返した。そしたら、「私は他の生徒には関心がない」と言われた。学校に幾ら幾ら払っていることに対しては、「部屋を提供し、○○を提供し・・・」と言われた。とにかくケチで嫌な老夫婦だった。

 私より後に私より数年年下のドイツ人の女性が学校にやってきた。その女性は大食らいで毎日授業の合間にリンゴ1つパクリとした。昼食の量も多く、目についてしょうがなかった。まだ、このドイツ人が来たばかりの頃はまだ1度目のホームステイ先だったので自分も昼食を作ってもらってはいたが、そのドイツ人もホームステイ先の人に弁当を作ってもらっていた。水道光熱費もケチられず、一番条件のいいホームステイ先だったので妬ましくてしょうがなかった。普段からその女性を妬んでいたので喧嘩を売ったことがあった。私は、2度目のホームステイ先では食事は一切作ってもらえなかったので毎日イライラしてしょうがなかった。ある日、ドイツ人がラジカセで音楽を聴いていてうるさかったので文句を言った。喧嘩になった。午後の講師が止めに入った。「No, fucking way! 」という言葉を使ったら、講師がマジで「この教室から出て行きなさい」と怒ってきた。いつも私だけが悪者になった。音楽を聴いて人に迷惑掛けたのは悪くないのかしら? どうせ白人だからひいきしたのでしょう。その講師も白人だった。学校側も、彼女が白人だから一番条件のいいステイ先を当てたのでしょう。他の日本人の生徒(私を含めて)より一番条件が良かった。